08


さらば 友よ 

汝の安らいだ魂は静まり、 
瞳は かの国を見つめる。 

汝に捧げん 
我が力を。

さらば 旧知の友よ 

我が手を伸ばし、掴む 
神性を求め。 

汝に捧げん 
我が力を。 

さらば 友よ 

汝の王国の み前で 
我らはひとつになる。 

汝に捧げん 
我が生涯を。


【Goodbye Old Friend (さらば友よ)】
Godzilla: King of the Monstersより個人訳

18





38

このシーンで
せびれが玉座におわす王の王冠のように
見え、はっとさせられました。

単に怪獣バトルでの王としてでなく、
せびれのみで威厳漂う王の存在を示した
ゴジラ作品が他にあっただろうかと。


31

キリスト教圏の方たちの中には、
このシーンにキリストの受難の道行きを想像された方もおられるのではないでしょうか。


58

このせびれの構図も印象深かった…


37



24

作曲家のベアー・マクリアリーは、こう語っています。

「Goodbye Old Friend」は映画の中で
心の内に響き、思いを溢れさせる曲であり、ロンドンの聖歌隊を最も際立たせているものです。 

私たちの愛する登場人物の一人が高貴な犠牲を払う物語の状況を考えると、
この場面には独特の詩編が必要でした。 

私はこのシーンの詩を作詞し、ワーシントン博士がバビロニア語に翻訳してくださいました。 

ここで私がめざしたのは、
古代の失われた世界から祈りを呼び起こし、悲劇的・感情的な喪失を強調し、最初の神への高貴な犠牲を称えることでした。 

55

18

25

この「さらば… 友よ」と日本語で呼びかけるシーン。

字幕からによる思考を刺激した理解でなく、
日本語のセリフから来るダイレクトな感情が自分の中に流れ込んで来て、
観ている自分は日本人で本当に良かった、と思いました。

26

そして手前の爆弾から、奥のゴジラと芹沢にカメラのピントが合わせられ、
時を告げる音が静かに響く─
 

15
22

曲の一瞬の間が自分はとても長かったように
印象的に─

そして再び厳かに続けられる歌唱…
そして閃光…

このシーンで自分はいつも胸が締め付けられます。



41

映画での、このシーンの反論は
原爆を使うことを制定しているという意見だと思いますが
それは映像のみから伝わる現象面の印象が強く、
自分は個人的に

“なぜ使ったのか” 
“使わねばならなかったのか?” 

と云う風に捉えています。

ギドラの脅威を防ぐには、人の力ではどうにもならない、ゴジラに立ち上がってもらわねば─

今のゴジラに立ち上がってもらうためには─

そしてなんにせよ、
そのような行為には犠牲がつくのだと。

原爆で被爆した父の苦しみの生涯を見続け、
そして多くの同国の民、知られていない他国の人びとの苦しみを知っているDr. 芹沢が、核を用いるという事─
そしてその為に他の誰をも傷付けたくなかった事─

その思いは、形は違えどゴジラシリーズ第1作『ゴジラ』(1954)の芹沢大助博士と同じものだと思いました。

Dr. 芹沢の自らの命・思いを繋げんとするこの言葉少ないシーンは、
毎回観ても自分の心を打ちました。

そして、この旋律を耳にするだけで、
上に書いたような様々な気持ちがよぎります。