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『GvK』(ゴジラvsコング)でも継承されている
レジェンダリーゴジラの“地球の守護神”という設定──これを平成ガメラのパクりというなら、

すみません・・・・その要素、昭和ゴジラにある
レジェンダリーはその部分を忠実に引き継いだとも言えるんですが・・・・。





3.  地球の守護神、ゴジラ実例 & インタビュー
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まずゴジラというキャラクターの原点を振り返れば、
初代ゴジラは原爆のメタファー
(たとえ)
として、恐怖の対象であると同時に、
地球上に住む生命のひとつとして原爆で安住の地を追われ、
やむなく地上に姿を表した
核の被害者でもあり、
人間の行った過ち(現代でいえば地球という惑星自体の危機)を再認識させるという側面をも有しており

破壊一辺倒を見せつけるステレオタイプの映画キャラクターではない
様子が描かれていました。

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──であるのに近年では下のように
この初代ゴジラに対してさえ
“破壊神”という語を使って解説する、
浅知恵なのか?
依頼されたまま書いているのか?
──なモノ書きもおったりして、草すら生えなかったですが・・・・

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まず、
“地球の守護神”ゴジラの設定を色濃く押し出した
のは

ゴジラシリーズ第11作、

1971年公開の『ゴジラ対ヘドラ』

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当時、特別に “地球の守護神” という言い回しがなされたワケではありませんが、

この作品は、シリーズ前後の作品と微妙に異なる特殊な設定が醸し出され、

まず映像内で
ゴジラが(当時定着しつつある)怪獣島から来る描写がなく、

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《参照:シリーズ第12作、『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』(1972)》


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「この地球の危機に、 何処からともなく、一声高く濃霧の中からゴジラが出現した。」

「ゴジラは、ふたたび人間の前からどこかへと去っていった・・・・・・・・・。」

(劇場パンフレット“ものがたり” より)

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というプロットも、パンフレットに記載されていました。

(映画館で、怪獣島のアンギラスやラドンが登場せず、子供心に一抹の寂しさを感じた思い出があります)


作品の映像表現自体は
当時の徹底した省予算方針と短期(5週間?)の制作期間、
子供向けを譲れない中途半端な御都合主義に見える演出がなされます
けれども、
注目すべき描写が多々含まれています。



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登場人物で
海洋生物学者 矢野息子である


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ゴジラが公害に対し怒っている
を見、



ゴジラの到来
予知する仲介者的な立場 “覡” (おかんなぎ──古来より神につかえ、神意を人々に伝える役割を担うシャーマン的役割りの男性) のような能力
(※ ガメラと心を通わす女子高生 草薙 浅黄と同じ役割)

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を持つ描写があり、




東宝株式会社(著)の
『ゴジラ大辞典』
【野村 宏平(編) 笠倉出版社(発行)】にも
「ゴジラのテレパシーを受け取ることができる」旨が記されています。




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そしてゴジラ
へドラを倒した後、

ヘドラをここまで成長させた
公害環境を作りし人間たちに対し、


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現地にいた自衛隊員たちを睨み付け、静かに海へ帰っていく

──という子供向け作品でありながら
単なる勧善懲悪には終わらせない、
コトバで一切説明がない描写もあり、

(ヒントは先に記した物語始め、
研少年の作文朗読
“ ゴジラが みたら
おこらないかな
おこるだろうな ”
──と代弁するナレーションと
対になっている


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これら作文やゴジラが睨む描写は
書物やコミカライズ、ドラマソノシート等でも収録・再現されており、作品の要となる部分で、


ゴジラを、従来の水爆大怪獣・地上の生物としてよりも、
地球の代弁者・守護神的ニュアンスと表現しているシーンが多々あります。


※ この人間に対し怒りを表す描写
『ガメラ2 レギオン襲来』(1996)でのガメラが飛び立つ際、
心をうたれた自衛隊員たちが敬礼して見送るという、ある意味マンガ的・アニメ的なヒューマニズムをくすぐる演出に比べれば、

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ゴジラの方はシンプル(武骨)でありながら
人間にとってかなり手厳しい
──人間第一主義ではなく、地球第一主義
(前②に記した“ガイア理論”的思想)を予感させ、
行き過ぎた人間中心主義(第一主義)に
警鐘を鳴らす──
演出であると思います。




もちろん『ガメラ2』では最後に、下記に記すように、物語最後の〆となるヒロインのコトバがあり、人間の身勝手な信頼にクギを刺すのですが、

それでも個人的にはこの映画のラスト、

穂波 碧
「ガメラが救ったのは人間じゃないと思
う。この星の生態系なんじゃないかな。
“ガメラはレギオンを許さない”・・・・
きっとガメラは地球の守護者なのよ」

帯津「それじゃあ、もし人間が生態系の破壊を続けたら・・・・」

穂波 碧
「ガメラの敵には なりたくないよね」

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──という、物語のメインテーマを明かす最後の「転」「結」(〆)を、比較的長い説明セリフのみで一気・強引に幕引きまで持っていく超展開

対して、映画的動き(場面)と、ゴジラ自身の行動でテーマを見せた『対へドラ』の方が、映像作品としての意欲・まとまりを評価したくなり、
更にうがった見方をすれば、
この主人公の主張も、ガメラ自身が行動に示す描写がないので、あくまで彼女の推測でしかないかも・・・・とも捉えられますし…

(※ と、ずいぶん叩きましたが、
誤解無いように記しますと、平成ガメラの当時の特撮レベルは完全に平成ゴジラより上で、
こうした映像が観たかったぁ♥️ と喜んだクチです)






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さて、話題が大いに脱線しましたが・・・・




この『対へドラ』にて
自衛隊員たち(人類)を
睨み付けるゴジラ──


これは後年の

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「ゴジラの敵じゃなくてよかった」

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「今はね」


であるし、

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「ガメラの敵には なりたくないよね」


という“地球の守護神”と同じ着地点へ繋がるワケです。






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この『ゴジラ対ヘドラ』の企画(アイデア)、シナリオ(馬淵薫氏との共作)・監督をつとめた坂野義光 氏は、

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後年、東宝の承諾のもと2004年に『ゴジラ対ヘドラ』続編・リメイクとして IMAXによる3Dゴジラ映画の企画を立ち上げましたが、
2009年にレジェンダリーに権利が移行し長編映画として再構築され、
2014年『GODZILLA』として公開



氏はエグゼクティブ・プロデューサーとしてクレジットされています。


映画は成功をおさめ、この人気に便乗した東宝は2016年に独自のリブート版(シン・ゴジラ)を作成し、
レジェンダリーは続編『KotM』を制作。氏はその後の『GvK』でも(次回作『G&K』でも)エグゼクティブ・プロデューサーとして名を連ねています。



この坂野義光 氏の『対へドラ』でのゴジライメージがどこまでレジェンダリーゴジラに影響しているかは分かりませんが、『GODZILLA』のシナリオ最終検討を担当した脚本家でプロデューサー・映画監督(『ショーシャンクの空に』等)の
フランク・ダラボン氏は

「(オリジナルゴジラ)1作目の伝統を受け継いだ、恐ろしい自然の力(terrifying force of nature) にしたいと考えている」
と述べていました。

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このように 
ゴジラは昭和の時代から
単なる破壊と恐怖の大怪獣や、ヒーロー
一辺倒ではなく


地球と共に苦しみ・痛みを被り、
人類の過ちに怒る、
地球の守護神的側面
という、幅広いキャラクター要素があり、

レジェンダリーゴジラはその原点に立ち返ったものでした。


そのように世間には
『対へドラ』のプロットだったり、
ガイア理論という思想が元々あった状況なのに、
日本ではそんな自分たちの文化の流れをも
調べない・知らないお方たちにより、
「ガメラ! ガメラ! 」と祭り上げられ、
個々の自由である好きキライと、
不案内ゆえの歪んだ思想とが
ごっちゃになって
真実として塗り固められる現状
が定説となっています・・・・

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それだったら同レベル発言で、
平成ガメラは「対へドラ」のパクりってことでいいすか?
と言いたくなるくらい、
ニワカ知識のドヤ顔語りが日本では幅を利かせてるワケです。









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話しがまた それましたが
レジェンダリー・ゴジラを破壊神と訳し、ばらまく皆々様へ
レジェンダリーは今も地球の守護神と設定し続けているという、権威ある(笑)明確な解説
もう幾つかお届けします。



「コングもゴジラもヴィラン── 敵となる邪悪なキャラクター ではありません」

そう語るのは、
レジェンダリー・エンターテインメントのインタラクティブ メディア(ネット等による双方向型メディア媒体)担当ディレクター サム・ラパポート氏です。

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これは米国のゲームソフトウェア開発会社
Activision Blizzard, Inc. (アクティビジョン・ブリザード)が運営する

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Call of Duty: Warzone(コール オブ デューティ ウォーゾーン)』の、
『ゴジラvsコング』からインスピレーションを受けたモンスターバース・モード
『OPERATION MONARCH (オペレーション・モナーク)』の取材でのものです。(2022年5月10日)


サム・ラパポート氏は語ります。

「モンスターバースには
“Protector(保護者、擁護者、守護者)”と
“Destroyer(破壊者)”のタイタン
がおり、
それぞれが生き物としての宿命により覇権を巡り争います。


この古代から因縁のある存在同士が『ゴジラvsコング』で対峙するのを確認できる一方、
両者は“擁護者”のタイタンであると考えられています。


しかし、他のタイタンや人間に挑発されると、彼らの怒りは止まりません


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『コール・オブ・デューティ:ウォーゾーン』は、基本プレイ無料のバトルロイヤルゲーム(操作するキャラクター視点でゲーム中を任意で移動し、武器などを用いて戦うコンピュータゲーム)で、


『オペレーション・モナーク』は期間限定(2022年5月11日から25日)のモンスターバース・モードでした。


ふだんは攻撃的でないゴジラとコングだが、
モナークでさえ原因が突き止められられない何かにより、攻撃的になり都市を襲撃する「タイタンの暴走」モード
があり(意図的にオペレーターを標的にすることはありません)、
ゲーム参加者はそれにも立ち向かわなければならない──といったものです。



(※ 以前紹介しましたが映画GvK当初には、タイタンの行動を変化・操作可能なデバイス「オルカ」の改良版オルカ-Z〔ORCA-Z〕で、ゴジラがコントロールされ、それにより暴れまわる設定がありましたが、その辺をも彷彿とさせます)


このように、ここでも
レジェンダリーはブレる事なく、ゴジラの設定を明確に定義しています。








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最後に、上記の情報以前に公開されている、
とある
レジェンダリー公式定義を見れば、


今回の“the fearsome Godzilla”を
『恐るべきゴジラ』 あるいは『脅威のゴジラ』と翻訳するのは当然
であり、 

“破壊神ゴジラ” とするのはあり得ない──無知の極みもしくは反逆行為(笑) だと感じる資料を提示します。



これは日本では
『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』公開の2019年すでに
東宝から発売されている映像ソフト内の特典ディスク
「モンスターズ101 ゴジラ、モスラ、ラドン、キングギドラ紹介映像集」
内で紹介されている

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「GODZILLA Nature's Fearsome Guardian 」 
(ゴジラ 自然界の恐るべき守護神)




という表現です。



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(ディスク日本語字幕:
ゴジラ 恐ろしき自然界の守護者)



これはこの度のプロットで表現された 


“the fearsome Godzilla” (恐るべきゴジラ)と同じ《fearsome》の語が使われており、


なおかつ《fearsome》
《Nature's ・・・・ Guardian(自然界の・・・・守護神) 》 という表現で補足され、




レジェンダリー・ゴジラが破壊神ではなく守護神という立ち位置が、
公式で全世界・そして日本でも 日本配給会社を通してすでに翻訳され・明らかにされていた
ワケです。





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こうした前例をすでに公表しているのに
“the fearsome Godzilla” を “破壊神” とするのは整合性が取れず、キャラクターのアイデンティティーを無視する行いなので、
今回の『シネマトゥデイ』の報道に関して、ゴジラの権利を有し、日本のレジェンダリー映画の配給権を持つ東宝は、
ゴジラコンテンツ並びに怪獣文化保護のためにも、直ぐ様訂正を求めるべきですし、
以前の“破壊神” 表現をも訂正するのが筋だと思うんですけど・・・・?

であってこそ、
これが “あの戦略会議”ってコトですよね?
(応援しますよ、東宝サン 🎶)



これで間違っても次回、2024年公開の新作公式PRが始まった時、
宣伝にまた
「破壊神・・・・」なんて使われるコトもありませんので安心安心♥️

※ 訂正してくだされば、東宝サン運営してるのは間違いなく“ゴジラ戦略会議” ですが、
訂正しなけりゃやってるコトは
“破壊神戦略会議” ってコトですから・・・・








最後に、自分のオタク心丸出しで言えば

“the fearsome Godzilla”
《fearsome》


《Nature's Fearsome 
Guardian
(自然界の恐るべき守護神) 》
 
から

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“恐れ”だけでなく、
尊敬や崇拝の気持ちを表す【畏れ】の意味が含まれる
のは明白で、
 


 
“the almighty Kong and the fearsome Godzilla”  を
“・・・・恐るべきゴジラ”とするよりも



『全能なるコングと畏(おそ)るべきゴジラ』
と表現してみたい気分でイッパイです。


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※ 文章を一部整え、画像も一部差し替えしました。2023.1.22 PM

※ 文章一部整え。2023.1.30 AM

※ 画像増補。2023.2.4  PM






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